すらすら租税法研究ノート。

租税法に関する勉強と思考を書きます。

租税判例百選評釈 №58 事前確定届出給与(東京地裁平成24年10月9日)

1.事実
 工具製造を業とする株式会社X(納税者・原告、事業年度10月1日~9月30日)は、平成20年11月26日開催の定時株主総会で役員賞与を冬季・夏季それぞれ代表取締役Aに500万円、取締役Bに対し200万円と決議した。12月1日~9日にその役員に冬季賞与としてAに500万円、Bに200万円を支給した。12月22日、Xは所轄税務署長Yに対し、株主総会決議に基づいて「事前確定届出給与に関する届出」を行った。
 平成21年7月6日、Xは臨時株主総会を開催し、業績悪化を理由として夏季賞与の額をA250万円、B100万円に減額し、7月15日に各金員を支給した。しかし、XはYに対し法令69条③に定める期限までに「事前確定届出給与に関する変更届出」を行わなかった。
 Xは平成21年9月期分について、12月1日・9日に支給した冬季賞与500万円・200万円を損金の額に算入して法定期限内に確定申告を行った 。*1
 これに対し、Yは、冬季賞与500万円・200万円について損金の額に算入できないとする更正処分等を行った。納税者Xは、これを不服とし、適法な不服申立手続を経て、税務署長Yの更正処分等の取消を求めて出訴した。

2.争点
 XがYに届出した所定の時期に確定額を支給する旨の事前の定めに基づいて、一の職務執行期間中に複数回にわたり役員賞与を支給した場合、個々の支給(冬季賞与500万円・200万円)ごとに「事前確定届出給与」に該当するものとして損金に算入できるか。

3.納税者(原告)Xの主張
 役員給与が事前確定届出給与から実際の支給額が減額された場合は、損金の額が減額され、法人の課税所得は増額されるのであるから、損金算入を許したとしても課税の公平を害することや租税回避の弊害を生ずることはないのであって、所轄税務署長に届出がされた支給額と実際の支給額が異なる場合に、実際の支給額が減額された場合であっても、事前確定届出給与に該当しないとすることは、法人税法の解釈を誤るものである。
 税務署長Yは、役員給与は一般的に定時株主総会から次の定時株主総会までの間の役員の職務執行の対価であると主張するが、事業年度単位、半期単位、四半期単位又は法人独自の期間を職務執行期間とする例が少なからずあり、一般的ではない場合を排除する理由は明らかでない。役員給与について一の職務執行期間中に複数回にわたる支給がされた場合には、当該役員給与の支給が所轄税務署長に届出された事前の定めのとおりにされたか否かは、職務執行期間を一つの単位として判定すべきものではなく、個々の支給ごとに判定すべきものである。
以上から、冬季賞与500万円・200万円は事前確定届出給与に該当し、税務署長Yの更正処分等は違法である。

4.税務署長(被告・国)Yの主張
 事前確定届出給与の届出をしており、実際の役員給与の支給額が増額された場合はもちろん、減額された場合であっても、事前確定届出給与に該当し損金算入が許されるとすれば、利益の額に応じ支給額を決定して法人の所得の金額を操作することが可能となり、役員給与の恣意性を排除するという法人税法34条の趣旨が没却されることとなるから、役員給与が事前確定届出に該当するためには、当該役員給与の支給が所轄税務署長に届出がされた事前の定めのとおりにされたことを要し、実際の支給額が減額された場合であっても、事前確定届出給与に該当しない。
 役員給与は役員の職務執行の対価であり、役員の選任、任期、報酬等にかかる会社法の規定によれば、役員の給与は一般的に定時株主総会から次の定時株主総会までの間の職務執行の対価であるということができる。そうすると、一の職務執行期間中に複数回にわたる支給がされた場合には、当該役員給与の支給が所轄税務署長に届出がされた事前の定めのとおりにされたか否かは職務執行期間を一つの単位として判定すべきものであって、当該役員給与は、職務執行期間に係る全ての支給が事前の定めのとおりにされたときに初めて事前確定届出給与に該当する。
 以上から、冬季賞与500万円・200万円は事前確定届出給与に該当せず、税務署長Yの更正処分等は適法である。

5.裁判所の判断
 納税者X請求棄却。

 「役員給与のうち定期同額給与等(①定期同額給与②事前確定届出給与③利益連動給与)のいずれにも該当しないものの額は損金の額に算入しないこととされたのは、法人と役員の関係に顧みると、役員給与の額を無制限に損金の額に算入することとすれば、その支給額をほしいままに決定し、法人の所得の金額を殊更に少なくすることにより、法人の課税を回避するなどの弊害を生ずるおそれがあり、課税の公平を害することになる……事前確定届出給与の額について損金の額に算入することとされたのは、事前確定届出給与が、支給時期及び支給額が株主総会等により事前に確定的に定められ、その事前の定めに基づいて支給する給与(カッコ内省略)であり、政令の定めるところにより納税地の所轄税務署長に事前の定めの内容に関する届出がされたものであることからすれば、その支給については上記のような役員給与の支給の恣意性が排除されており、その額を損金の額に算入することとしても課税の公平を害することはないと判断されるためである……内国法人がその役員に対してその役員の職務につき所定の時期に確定額を支給する旨の事前の定めに基づいて支給する給与について一の職務執行期間中に複数回にわたる支給がされた場合に、当該役員給与の支給が所轄税務署長に届出がされた事前の定めのとおりにされたか否かは、特別の事情のない限り、個々の支給ごとに判定すべきものではなく、当該職務執行期間の全期間を一個の単位として判定すべきであって、当該職務執行期間に係る当初事業年度又は翌事業年度における全ての支給が事前の定めのとおりにされたものであるときに限り、当該役員給与の支給は事前の定めのとおりにされたこととなり、当該職務執行期間に係る当初事業年度又は翌事業年度における支給中に1回でも事前の定めのとおりにされたものではないものがあるときには、当該役員給与の支給は全体として事前の定めのとおりにされなかったこととなると解するのが相当である……個々の支給ごとに判定すべきものであるとすれば、事前の定めに複数回にわたる支給を定めておき、その後、個々の支給を事前の定めのとおりにするか否かを選択して損金の額をほしいままに決定し、法人の所得の金額を殊更に少なくすることにより、法人税の課税を回避するなどの弊害が生ずるおそれがないということはできず、課税の公平を害することになる」(カッコ内引用者補記)
 
 本件Yの更正処分等は適法であり、Xの請求はいずれも理由がないとし棄却された。

 その後、納税者Xは控訴したが、東京高裁(平成25年3月14日)は第一審判決を維持し、控訴棄却。納税者Xの敗訴が確定した。

6.評釈
 判決に賛成する。
 現行法人税法の解釈論としては、裁判所が示した結論は概ね妥当なものであると考えられるため、評釈の中で結論についてあらためて繰り返すことはしない。
ただし、裁判における議論から、いくつか現行法の役員給与の損金不算入制度の問題点が明らかになっていると考えられる。以下、①業績悪化事由が発生した場合に、定期同額給与と事前確定届出給与という並列した制度間で取扱いの衡平等に疑問がある点②国税庁が発信している事業年度を跨いで事前届出と異なる額を支給した場合の緩和的な通達解釈は租税法律主義の点から疑義がある点③職務執行期間と複数回支給される事前確定届出給与の対応関係の特別な事情の3点について論じることとする。

①業績悪化事由における取扱いの衡平等
 一般に、事前に決定した役員給与につき、減額を行おうとするのは法人の業績が悪化した場合であると考えられる。
 法人税法施行令においても、定期同額給与の場合は法令69条①1ハ、事前確定届出給与については法令69条④2に業績悪化事由によって減額改定した場合でも役員給与を損金に算入できる旨の規定が設けられている。ただし、定期同額給与については何ら手続的規定が無いのに対し、事前確定届出給与については所轄税務署長への届出が必要とされる。業績悪化事由に該当するかどうかの解釈について、国税庁「役員給与に関するQ&A」(平成20年12月、平成24年12月改訂)において「会社の経営上、役員給与を減額せざるを得ないような客観的な事情があるかどうかで判定する」とされており、その具体例について3つの例示が示されている。
 事前確定届出給与については、客観的な業績悪化事由が存在したとしても、所轄税務署長への届出という手続規定を満たさないといっさい損金算入が受けられないという納税者にとって、いささか酷な結果となるケースも存在するとも考えられる。定期同額給与については何ら手続的規定が設けられていないこと(業績悪化事由について何らかの書類を保存する義務も存在しない)と比較すると、制度間で衡平を欠くのではないだろうか。
 また、現行制度においては、定期同額給与のみを選択している法人が、業績悪化事由があるとして恣意的に役員給与を操作したとしても、法令ではなんら手続的規定が無いため業績悪化事由の存在の有無という事実認定をめぐって納税者と課税当局の間で紛争が起きることも考えられる。
 立法論となるが、事前確定届出給与について変更届出が無かった場合の「やむを得ない場合」の解釈を災害等に限定しない、定期同額給与の場合の業績悪化事由について何らかの書類保存義務を納税者に義務付けるなど、法的安定性の確保・制度間の衡平の確保を目的とした改正の要否が議論されるべきであろう。

②事業年度を跨いで事前確定届出給与を支給した場合の取扱い
 本判決においては役員の職務執行期間は、定時株主総会から次の定時株主総会であるとしており(法基通9-2-16)、これは会社法からの借用概念であろう。*2一般に、定時株主総会は事業年度終了後、3ヶ月以内に開催される(会社法296条、124条)ことから、職務執行期間は事業年度とは一致せず、複数の事業年度に跨ることとなる。
そのため、事前確定届出給与でも、事業年度を跨いで支給されるケースも考えられることから、国税庁はホームページ上で、一種の緩和的な解釈としていったん届出した確定額が複数の事業年度に支給される場合に、先行事業年度に支給した役員給与が確定額どおりであるが、翌事業年度に支給した役員給与が確定額から変更された場合は、納税者の有利性や事務上の便宜を考えて先行事業年度の分は損金に算入できるとの見解を通達の趣旨説明という形で公表している。この緩和的な解釈公表に対し、同一事業年度内において一部でも確定届出と異なる額の役員給与を支給した場合は、その全額が損金に算入されないとした本判決の結論と取扱いが異なることとなるが、法令の規定によらず、このような緩和解釈を示すことは租税法律主義の観点からみて適切ではないとの指摘がなされている。*3
 筆者としても、国税庁が、ホームページでの通達の趣旨説明という法令の規定によらない方法で緩和的な解釈を示すことは、租税法律主義の観点から適切ではないと考える。政令で明確化するなどの手当てが必要ではないだろうか。

③職務執行期間を区分する特別な事情
 判決では、法基通9-2-14(事前確定届出給与の意義)の趣旨説明をそのまま引用し、一般的に役員の職務執行期間は定時株主総会から次の定時株主総会までであり、この期間に複数回の支給がある場合には、当該職務執行期間を一つの単位として判定すべきであるとしている。ただし、特別な事情が存在する場合は、例えば半年・四半期毎にそれぞれの支給額を対応させるなど、その判定の単位が異なることもあるが、Xにはその特別な事情は存在しないとしてその主張を斥けている。
 私的自治の原則から、それぞれの法人が役員給与をどのような期間に対応させて支給するかは自由である。仮に、法人が3か月など短期間毎に事前確定届出給与を支給する旨の届出をしようとした場合、法定様式がそれに対応していないからという理由でこれを所轄税務署長が拒否することはできないのではないかと考えられる。*4一般に、職務執行期間を短くすればするほど、その時々の事情に応じて役員給与の額を操作し、法人の課税所得の恣意的な増減を図ることが可能になると考えられる。特別な事情が存在する場合、課税の公平が確保できるのかという問題がこれから検討されなければならないであろう。

役員報酬をめぐる法務・会計・税務 (第3版)

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7.追加検討事項
7-1 事前確定届出給与は、同族会社・非同族会社とも利用できる制度である。役員給与の支給の調整による法人の課税所得の恣意的な操作可能性は、同族会社と非同族会社で異なると考えられるか。

7-2 平成28年度改正で新しく導入された、譲渡制限株式による事前届出を必要としない事前確定届出給与(法34条①2)は、役員給与の損金不算入制度の立法趣旨と矛盾していないか。


*1:判決文からは明確には読み取れないが、引用されている更正処分等の内容からみて、Xは減額支給した夏季賞与については損金不算入として確定申告を行っているものと推測される。

*2:不相当に高額であるとして損金に算入されない役員給与の額の一つとして、株主総会等の決議で役員給与の支給限度額を定めている場合にこれを超えた額も該当すると規定されていること(いわゆる形式基準。法令70条①1ロ)も考えるに、法人税法における役員給与制度は相当程度、会社法の概念を借用しているものと考えられる。

*3:品川芳宣「役員に対する冬季賞与と事前確定届出給与該当の有無」税研171号、85頁、渡辺徹也「法人税法34条1項2号にいう事前確定届出給与該当性の可否」『ジュリスト』1480号、2015年,130頁。Xはこの緩和解釈を基に裁判で同一事業年度内でも同様に損金算入が認められるべきとの主張を行ったが、退けられている。筆者は、裁判所が年度を跨ぐか否かで解釈を変更することの矛盾はないとした判決の理由付けは弱いのではないかと考える。

*4:事前確定届出給与に所轄税務署長の「承認」は必要とされていないし、法令で届出を拒絶できる権限は税務署長には付与されていない。