すらすら租税法研究ノート。

租税法に関する勉強と思考を書きます。

租税法と私法、予測可能性のお話。(その2)

 今日の経済的取引は極めて複雑化しており、民法で定められた売買や賃貸借などの典型的な契約だけではなく、民法に定めが無い契約形式も合わせ、それらを組み合わせるなどしてほとんど無限に近い契約パターンが選択できる。

 法人税法は、法人の所得を課税標準法人税法5条)としており、その所得を計算するための規定は法人税法22条に定められている。
 例えば、実物の棚卸資産を販売して引き渡し、代金を現金でその場で受け取るといった単純な取引であれば、収益の認識や売上原価をどの事業年度に認識し(法人税法22条②③)、どの金額で計算(法人税法22条④)するか、納税者と税務官庁の間で争いが起こることは考えにくい。
しかし、今日の経済的取引においては、信託など非典型契約による取引や複雑な技術を用いて組成された金融商品などの取引において、そもそも収益や費用の計算をどのように行うべきか、細かい租税法の規定は存在しないし、行政通達も決して網羅的ではない。*1


 租税法令の網羅性の欠如を補充しているのが、法人税法22条④、いわゆる公正処理基準といわれるものである。22条④の意義として、自主的経理の尊重が挙げられる。すなわち、収益の額および費用・損失の額の計算を公正処理基準に委ね、法人税法の簡素化を実現している。*2しかし、法人の行った会計処理が別段の定めが無い場合でも法人税法において常に受け入れられるわけではなく、「現に法人のした利益計算が法人税の企図する公平な所得計算という要請に反するものでない限り」*3という前提が置かれている。


「日本の税務執行実務全般において、実に予測可能性が乏しい」という指摘もあり、*4法人税法における予測可能性を高めるために、公正処理基準とはなにか、法人税の企図する公平な所得計算とは何かを研究することが求められている。



*1:法人税法12条(信託財産に属する資産及び負債並びに信託財産に帰せられる収益及び費用の帰属)は信託課税について概括的にしか規定しておらず、法人税法61条以下の金融商品に関する規定も基本的な金融取引についてしか規定がない。膨大な法人税法基本通達が法令を補っているが、網羅性は完全ではない。

*2:中里実(編)、『租税法概説 第2版』弘文堂、2015年、147頁。(吉村政穂記述)

*3:最判平成5年11月25日民集47巻9号5278頁、大竹貿易事件。

*4:平川雅士「近時の判例等にみる租税法の原理・原則」『租税研究』769号(2013年11月号)、122頁。